“お客様は神様”の迎合主義で衰弱し切ったビジネスの現場。
毅然とした対応を取る企業が出始めたが、“根付いた文化”の根絶に時間が必要。
そんな中、戦略的に客を減らして成功する店が出てきた。
店と客の両方が得する関係をどうすれば構築できるのか?
日本で“客が上”という文化がなぜ生まれたのか?
客の言うことは絶対という偏った文化なぜ生まれたのか?現代の社会問題である“カスハラ”の原因は実は、店側が40年以上前に作っていた。
ことの発端:三波春夫の「お客様は神様です」
「お客様は神様です」は演歌歌手の三波春夫が舞台に上がるとき、「無私の心でお客様を“神様のように思って”歌う」という、演者側の心得を表した言葉です。自分のパフォーマンスを発揮できるなら、客を神様として考えるのも、緊張してカボチャとして見るのも自由です。演者として、三波春夫は客を神様として捉えることを考えました。
店側の“覚悟”だったものが、いつの間にか客側の“権利”に変わった
三波春夫が1961年に発した“哲学”を一気に流行らせたのは、1970年代に活躍したトリオ「レツゴー三匹」です。モノマネやギャグがテレビ・ラジオで人気を博したため、「お客様は神様です」というフレーズが世間で広まりました。
1900年代から欧米のデパート等で「顧客至上主義」という考え方が既にありましたが、このギャグを機に日本のサービス業で一気に浸透しました。売り上げを伸ばすため、主に大手のサービス業がこの精神を取り入れて、客を神様のように扱うようになりました。
あれから30年ほどの時間が過ぎ、店側の“覚悟”がいつの間にか客側の理不尽な要求を通すための“武器”になりました。悪いのは三波春夫でも、レツゴー三匹でもなく、得をしようとしたクレーマーとそれをやすやすと許した店側です。
そのいびつな関係のデメリット
利益のために店側が掲げた「お客様は神様」はどのような不利益をもたらしたのか?
ビジネスが委縮してやりづらい空気に
クレーマー・クレーム対応を恐れるあまりに、ビジネスの現場が次第に委縮し始めました。“自由な対応が問題を引き起こすかもしれない”という上層部の心配から、何から何までが“マニュアル対応”という文化を生み出しました。
権限を奪われた現場は毅然な対応ができず、クレーマーの増殖を許してしまった。客の理不尽な要求に対し謝罪と要求を飲み込むことしかできなくなった現場が疲弊し、委縮していました。ビジネスの中心で客との最大の接点を持つ現場から活力と判断力がなくなったのはそのためです。安い賃金に次いで、このやりづらさがサービスの質を低下させている原因の一つです。
価値が伝えにくくなる
客が上の関係では、上である客にとってすべてが当たり前です。過剰なサービスも原価を下回る価格も、あってしかるべきものということになります。この状況では、商品・サービスの質を上げる企業努力は無意味です。インフレによる値上げも行っても店の“暴利を貪る身勝手な行為”でしかありません。
いくら汗水を流しても、神の前ではあなたの頑張りなど取りに足らないものです。つまり、どれだけ企業努力を尽くしても、神のごとく振る舞う客にはその価値が伝わりません。
良客が離れて、悪い客だけが残る
傲慢な態度を取る人からなるべく距離を置きたいものです。お店でも同じ現象が起きます。人はいくら好きな店でも、そこに横柄な振る舞いをする人が増えたら、その店に行かなくなります。つまり、店から良い客がどんどん離れて、最終的に残るのは悪い客だけです。
誰でもファン持てる時代が示すこと
テレビなどを見て「こんなのどこがいいの?」と思ったことはありませんか?多様化した価値観で変わりつつある社会から店側は何に気づくべきか?
「上手い=支持される」ではなくなった
今は“下手”な歌手でも売れる時代です。
昔は楽器を習い、歌のレッスンを重ねて、レコード会社のフィルターを潜り抜けた実力者だけがデビューできました。しかし今では、そこまでの努力を重ねる必要がありません。SNSに直接公開すれば、ある意味“デビュー”できます。どんなに下手でも一部の“もの好き”がいますので、一定数のファンが付きます。
上手い歌手の歌は“広く・浅く”万人受けするのに対し、下手な歌手はごく一部の人だけに深く刺さるという特徴を持っています。珍味のように、“好きな人は好き”に似たような状況です。食べ物の好き嫌いと同じように、音楽のテイストも価値観で決まります。下手な歌を提供する歌手と、その下手な歌を愛してやまないファンのWin-Winの関係が成立します。
つまり、今は価値観の合致こそが一番重要で、よそから見て下手でも支持される時代です。
“ニッチ”を狙った成功
世界は広く、好みや価値観も人の数だけあります。自分にとって下手でも、他人にとっては上手です。最終的により多くを売れたものが“正義”になりますが、ビジネスを成長させる上で過半数を取る必要はありません。1%の人しか気に入らない下手な歌でも、世界を相手にすれば1%は8,000万人以上です。8,000万人の客がいれば、ビジネスは大成功です。
ビジネスも同じ構造になっている
ビジネスでも似たようなことが言えます。昔はとにかく多くの人に売ることが正義でした。しかし、その“正義”を突き進めた結果は今私たちが知っている失敗です。全員に好かれようとすると悪い客も入ってしまい、悪い客が混ざると良い客が逃げてしまいます。最終的に悪い客だけが残り、ビジネス立ち行かなくなります。
ごく最近になって客を選ぶ店が増えています。年齢範囲で入店を制限する飲食店はそのいい例です。昔のスタンダードから考えれば、客の数を減らすは自爆行為です。しかし、年齢層を絞ることで店は悩みの種であったクレーマーを減らすことに成功しました。その逆転の発想が運営の効率化と居心地の改善につながったため、その価値に魅力を感じる客が集まり、双方が得するWin-Winの関係を構築できました。
健全なビジネスに上下関係はない
店と客が互いを尊重し、良好な関係を築く健全なビジネスに上も下もありません。あるのは共通の価値観です。
上下関係の時代が終わりを告げる
クレーマー問題は20年前から存在していましたが、売り上げの減少を恐れていた企業側は見て見ぬふりしてきました。近年になってようやくカスハラ対策に本腰を入れる会社が出てきて、その例に従うところも増えてくるでしょう。体感できるまで数年はかかりますが、客が上、店が下という時代が終わりつつあるでしょう。
同じところに価値を感じる仲間「類友」・「物好き同士」のビジネスに
これからのビジネスは尖った価値を提供する店側と、その価値に共感する客が集まる“物好き同士”の時代が始まります。みんなに好かれようとして、“誰でもいいから来て”というチープな迎合主義ビジネスから、“価値を理解できる人だけ来て”という時代です。
新しい時代のビジネスでは、店と客は“共通の価値観”という強力な関係で結ばれます。商品の値段という表面的なものではなく、商品の味、品質、作り手の人柄、会社の考え方などの価値を重視する関係です。
客を選ぶ店は本当に放漫なのか
大きな方針転換を行おうとすると反対意見が四方八方から出てきます。バブルのスタンダードから新時代のやり方にビジネスの在り方を変えようとするとき、誰からどのような意見が出てくるのか?
「商売を分かっていない」という反論
客を限定したビジネスの改善に対して、「商売を分かっていない」という意見があります。確かに、迎合主義が正解だった時代がありました。しかし、時が経てば、人も環境も変わります。媚を売って売り上げを伸ばそうとする「お客様は神様」は今の時代に合わなくなりました。このままではビジネスが潰れることは明らかです。問題を早急に解決する必要があります。
「商売を分かっていない」と批判するのは、バブルの世界に思考が止まっている老人か、この状況から甘い汁を吸い続けたクレーマーです。
「弱者切り捨て」という意見
商品・サービスの付加価値を高めるときや、インフレのあおりを受けて値上げを行う必要もあります。その時に飛んでくるのは「弱者の切り捨てだ」という意見です。
値段を上げることでそれまでギリギリ買えた人が購入できなくなるのは事実です。しかし、購入できない人の財布事情にビジネスを合わせる必要があれば、すべてがチャリティーになり、無償提供の世界です。
「弱者の切り捨てだ」は社会主義的な発想であり、私たちが生きている資本主義の世界でビジネスを理解できていない人の意見です。
客と健全な関係を築く方法
ご利益のない神頼みから物好き同士で健全なビジネス関係を作るためにはどうすればいいのか?
客はあなたと同じ人間
客は神様ではなく、あなたと同じ生身の人間です。人間同士のやり取りに敬意や尊重は欠かせない教養ですが、相手に畏怖の念を抱く必要は全くありません。威圧的な態度でカスハラを働く人に対し、「強要罪」、「脅迫罪」や「業務妨害」などの様々な解決策が用意されています。遭遇した場合はすぐに警察に相談し、神のフリをする犯罪者を刑務所に送りましょう。毅然とした対応がこれからのビジネスの“基本スキル”になります。
このことを理解して物事の捉え方を変えるだけで、企業と従業員の精神衛生を守りながらビジネスを活性化できます。
客をふるいに掛ける勇気
どんなビジネスにも“合う客”と“合わない客”がいます。合わない客が増えると今まで見てきた問題が発生し、ビジネスの未来が閉ざされてしまいます。“合う客”が残ってくれるように努力することが重要ですが、それよりも、合わない客にノーを突き付ける勇気が必要です。
客に店を選ぶ権利があれば、店にも客を選ぶ権利があります。いい客を大事にしながら、悪い客を振るい落とす勇気も重要です。
あなたのビジネスに合う人を客にする
焼きそば1つでもそれぞれの店に独自の特徴があります。味、具材、炒め具合、ドリンクメニュー、食器や内装など、そのいずれもが大事な「価値」であり、その複雑な組み合わせで客が店を選びます。例えば、香ばしい香りとともに煙がもくもく立つ店に、服への匂い移りを気にする人はなかなか入れません。同様に、酒類を提供しない店は、焼きそばとビールの組み合わせが好きな人の選択肢から落ちてしまいます。
その価値の組み合わせを決めるのは店側です。つまり、どんな価値をどのように出すかによって、集まる客が変わります。肉料理しかない店にビーガンをいくら呼んでも意味ありません。大事なのは、自分のビジネスに合う人を客にすることです。
あなたが提供する価値が独特過ぎて、1%の人しか理解できなくても、日本の1%は120万人です。1日に50人が店に来てくれたとしても、全員に商品が行き渡るまで65年掛かります。
まとめ
「お客様は神様」の誤った解釈によって、ビジネスの現場は長い間大変な思いをし、委縮し続けました。しかし時代が変わり、「店と客の対等な関係こそがお互いにとってメリットのある付き合い方」という新しい方向性が生まれました。
客に媚を売り、全員に好かれようとするのは古いやり方です。これからは「価値観でつながる関係」を重視にすることが、疲弊しきった日本の現場を復活させる答えかもしれません。





