客がいなくて悲鳴を上げるなら分かりますが、
客が来てくれているならなぜ困るのか?
コロナ後に予想以上の客が来た原因、十分な利益が出ない理由と
観光業関係者が明日からすぐ始められる対策を説明します。
オーバーツーリズムとは?
簡単に言えば、オーバーツーリズムは観光業の発展によって発生する“弊害”を指します。国や地域の観光業が発展して観光客が増えること、で次のような問題が起こりえます:
- 水や食べ物などの資源が足りなくなる
- 物の値段が急激に上がる
- ゴミや騒音問題で地域住民が直接被害を受ける
上記はいずれも観光客が集中したことで発生する問題です。
工業化が生み出した“公害”と同じ
オーバーツーリズムは日本の高度経済成長期(1950年代半ば~70年代)に起きた“公害”と同じ捉え方ができます。敗戦からの復興として進められた工業化によって、公害(環境汚染)が発生し、水俣病やイタイイタイ病などの問題につながりました。
同様に、観光立国宣言で観光業が発展したことによって、オーバーツーリズム(観光客の殺到)が発生し、不法侵入や路線バス混雑などの問題につながりました。
こうして見ると、オーバーツーリズムは特別なものではありません。経済が成長する過程で発生する弊害であり、どんな産業も通る道です。重要なのは、そのデメリットがメリットを上回らせないことです。「問題」を正確に把握して、「原因」を調べてから必要な「対策」を打つことです。
問題の内容は国によって異なる
公害によって様々な問題が起きたように、オーバーツーリズムによって起きる問題も様々です。しかも、国によって起きる問題の内容と原因が異なるため、“同じ問題なら同じ対策”という訳にはいきません。ここでは海外の具体的な事例を見ていきます。
バルセロナの地価・家賃高騰
スペインのバルセロナでは、深刻な住宅価格の高騰が起きています。
オーバーツーリズムによる住宅価格高騰の原因は、殺到する観光客で一儲けしようとした不動産の持ち主が、家やアパートなどをAirbnbとして提供し始めたことです。土地と家賃の値段が異常なぐらい上がったため、現地住民が住む場所を追われてしまった。この実態を受け、バルセロナ市長が2028年11月から同サービスを禁止するなどの対策を発表しました。
ベネツィアの“ヒット・アンド・ラン”
水の都ベネツィアは、年間2,000万人の観光客が押し寄せる都市です。その大半は宿泊せず、数時間で町の観光名所を回ってその日の内に帰る“ヒット・アンド・ラン”(日帰り)観光客です。街中は大混雑し、地域住民の生活環境が悪化しました。
この問題に対し、ベネツィア市長は5ユーロほどの“入場料”を設けました。入場料の目的は収入ではなく、市内に入ってくる人の数を減らすことです。2024年の4月から導入されたシステムの効果は限定的で、問題の解決には至りませんでした。
バリ島の資源枯渇問題
世界屈指のリゾート地、バリ島では水不足と土地開発による環境破壊が発生しています。
島の65%の水が観光客・観光業に使われています。400ある川の半数が干上がっているため、専門家はあと数年で島の水資源がなくなることを予想しています。また、外資系企業による開発が行われているため、地域への還元が少ないという問題にも直面しています。
このように、バリ島のオーバーツーリズムは外資系企業の開発による環境破壊、政治家の利益、そして島民の水資源枯渇という複雑な問題によって起きています。
日本が直面しているオーバーツーリズム問題
バリ島の深刻な事例と比べて、日本のオーバーツーリズム問題は全く違う性質を持っています。ここからは日本が抱えている具体的な問題を見ていきます。
街中に溢れるゴミ
おいしい食べ物が日本の強みの一つです。しかし、普通のホテルにキッチンがないため、食材を買って料理を作ることはできません。それでは儲かるのはレストランだけで、食材を売る店は観光客の恩恵を全く受けられません。食べ歩き文化は「客の食べたい」と「店の儲かりたい」というニーズが一致したことから誕生しました。
食べ歩きメニューを提供する市場や飲食店が集中するスポットでは、ごみ箱からゴミが溢れている光景をよく見かけます。これがオーバーツーリズムで取り沙汰されるゴミ問題です。
ゴミが街の至る所に捨てられていたら、確かに悪意または無知によるものと推測できます。しかしよく見ると、捨てられたゴミはごみ箱があるところに集中していて、そのごみ箱が単にあふれている状態です。
このゴミ問題はインバウンドに限ったものではなく、日本各地の祭りやイベント会場でもよくある話です。キッチンカーや屋台等で購入した食べ物の紙や容器などを捨てたくても、イベントの規模に合わない形式的なごみ箱がすぐにいっぱいになり、そこからごみが溢れだします。ゴミの処理が大変なら、必要な費用を客から取れば済む話です。売る側も買う側も気持ちよく、楽しく過ごせます。
乗れなくなった路線バス
京都では観光客が路線バスに集中し、地域住民が通勤・通学の足を奪われる問題が起きています。原因は観光客の増加で市バスがすぐ満員になることです。
しかし、限られた旅行期間で効率良く移動したいはずの観光客がなぜタクシーではなく、遅い上に分かりにくい路線バスに殺到するのか?その“矛盾”に気づけるかどうかが、日本のオーバーツーリズムを理解できるかどうかの分かれ道です。
観光客が勝手に私有地に入る
キレイな景色、自分の国にないもの、珍しいものなどの写真は旅の思い出になりますね。首からカメラをぶら下げて集団で海外旅行を楽しんだバブル世代も多いでしょう。旅の思い出にするだけなら微笑ましい光景ですが、今の時代は話がちょっと違う。
富士山とコンビニの写真を撮るために道路のど真ん中で陣取ったり、いいアングルで撮るために民家の敷地内に入ったり、挙句の果てに、休山日(休みの日)の寺の塀を飛び越えて写真を撮ろうとする観光客(建造物侵入容疑で逮捕)も後を絶ちません。法を犯してまで撮る写真は「旅の思い出」のためだろうか?
日本のオーバーツーリズムを引き起こした原因
オーバーツーリズムの原因を円安だけで片づけるのは浅はかな考え方です。通貨の安さだけでは10年前からの増加傾向と“客の質の変遷”を説明できません。今のオーバーツーリズムは元の流れと戦略ミスが複雑に絡んでいます。
既にその機運があった
観光立国推進基本計画が始まった2007年の訪日観光客数は835万人で、5年後の2012年(836万人)まで大きな変化はありませんでした。しかし、2013年に東京オリンピックの開催が決まると状況が一変しました。“オリンピック開催”という絶好の看板を手に入れた日本に、訪日観光客数が毎年300万人単位で順調に増加し、2019年には3,000万人を優に超えていました。
また、2018年に万博の開催権を勝ち取り、“二つの大きな広告塔”を得た日本は “最も行ってみたい国”の地位を入手しました。
しかし、2020年にコロナが蔓延すると世界の観光がストップしました。それでも、ロックダウンで移動の自由を奪われた人々は「自由に旅行できるようになったら、どこに行きたい?」という調査(北米・欧米)に対し、「日本」がダントツの1位を獲得していました。コロナが落ち着いたら、大量の観光客が来ることは予想できていました。
手当たり次第な宣伝を展開した
オリンピックと万博で既にあった流れに加えて、日本はさらに宣伝キャンペーンを展開しました。宣伝は悪ではなく、むしろ正解です。問題はその“やり方”にありました。間違った手法と間違った目標で、今のオーバーツーリズム問題を誘引してしまいました。
安易な“円安”で片づけるのではなく、オーバーツーリズムの本当の原因と失敗したところを正確に捉えることが、問題を解決する第一歩です。
観光客がいっぱい来ても儲からない理由
これだけの人が来ていれば、観光業は相当儲かっているでしょう?
実は訪日している人の割に、意外と儲かっていません。その理由は日本がこの30年で培ってきた悪いビジネスモデルにあります。
バブルの崩壊によって経済力を失った国民は、安いものしか買えなくなりました。その時から定着したのは「薄利多売」というビジネスモデルです。薄利多売はいっぱい売っても利益が出にくいため、馬車馬のように働いても儲けが出ず、給与も上がらないという特徴があります。
この薄利多売という悪しき習慣が日本のあらゆるビジネスに浸透し、観光業もその例外ではありません。来ている人の割に儲けが低いのはそのためです。
観光業が打つべき対策
ここまで来ると、オーバーツーリズムを解決するための手掛かりがいくつか見えてきます。
客を選ぶこと
ビジネスをやっていると、「来た人全員が客ではない」ことが分かります。あなたの商品が好きだから買う人がいれば、あなたの商品が安いから買う人もいて、何も買わずに写真だけ撮って帰る人もいるでしょう。
あなたの商品・サービスを買ってほしい人は誰なのか?“客に選ばれる”というキレイごとではなく、自分から客を選ぶことが重要です。
適切な宣伝を打つこと
客が決まったら、今度はどうすればその客に自分の商品・サービスをアピールできるのか?その客層がInstagramを使わないなら、Instagramでいくら投稿や広告を打っても意味がありません。
儲けを確保しながら従業員の賃金や設備投資を行うためには、オーバーツーリズムの具体的な対策と戦略を立てることが重要です。
観光立国を目指す価値
1990年代までと違って、科学とビジネスの優位性を失った今の日本にとって、観光は貴重な外貨獲得手段になっています。観光立国に舵を切ったのはそのためであり、事態を盛り返すための足掛かりです。
観光業は他の産業にはない特徴があり、それらの特徴を理解することがオーバーツーリズムを解決する上で欠かせない知識です。ここでは、その理解を深めるためそれぞれの特徴について説明します。
観光業には雇用を生み出す力が圧倒的に高い
観光業は労働集約型産業(人間の労働力に依存する割合が高い産業)です。ホテルなどの宿泊関連、電車やバスなどの交通関連、アクティビティやガイド、飲食、小売などに多くの人手が必要です。
機械化が進んでいない地方や発展途上国でも、観光業は比較的に早く、そして多くの雇用を生み出せます。観光業の力と規模が大きく、世界の10人に1人が観光産業で働いています(WTTC統計)。
観光業は「人を動かす産業」です。人のための産業という意味でも社会的意義が大きい。
外貨を直接稼げる産業
国内でものを作って売っても、お金が国内を循環するだけで増えません。稼ぐためには、海外のお金を国内に入れる必要があります。通常の製造→輸出→稼ぐ流れと違って、観光業では観光客が来て国内でお金を落としてくれます。航空券、宿泊代、食事代、買い物などすべてが外貨獲得になります。
特に資源の乏しい国(日本がその最たる例)では、観光業は“見えない輸出”として重宝されます。
どのぐらいすごいかというと、2023年の日本の観光収入は5兆円超えです。日本が車社会になったと言われるようになった1970~1980年頃の自動車産業も5兆円規模でした。
波及効果(経済の裾野)が広い
観光客が来ることで、おみやげなどの小売、レストランなどの飲食関連、移動に欠かせない交通関連、大きな割合を占める宿泊、訪日の動機になる文化施設、レストランを支える地元農業など、そのメリットが広範囲に広がっていきます。
一人の観光客が消費するお金があらゆる産業に循環するため、「観光は地元経済の総合エンジン」とも言われます。特に一次産業(農業、林業、漁業など)や伝統工芸との相性がいいです。
地方再生の切り札になりやすい
日本は東京の一極集中が進み、地方の人口減・産業空洞化が深刻化しています。しかし、観光なら自然、文化や人そのものが資源になります。つまり、工場誘致などの投資を呼び込まなくても、地方にあるものを磨くだけで観光資源になります。
国のブランド力を高めるソフトパワー
日本を訪れた外国人が、文化、料理、人々のホスピタリティなどを体験すると、観光だけでなく輸出や留学、投資にも波及します。観光で国のイメージが上がる(ソフトパワーが向上する)と、日本のブランディング力も上がるため、国のビジネス力もアップします。
比較的すぐに成果が出やすい(即効性)
工場建設などと違い、既存資源を活かすだけで短期的な成果が出やすいのも観光業の強みです。コロナ後も、観光は最も早く回復した産業のひとつです。
このように、観光業は単なる「余暇ビジネス」ではなく、「国の未来を支える基幹産業」になり得る力を持っています。だからこそ、多くの国が競争のように観光に投資し、戦略を立てています。
これだけのメリットがあれば、資源が乏しく、地方再生を重要課題としている日本は間違いなく観光業に力を入れるべきです。政府が観光立国を推進しているのはそのためです。
まとめ
高度経済成長期の工業化で公害が発生したとき、その原因であった排煙・排水方法を正しく処理することで、工業はますます成長しながら日本の復興を支えました。
今のオーバーツーリズム問題も同じです。原因を正確に捉えて、正しく処理することで、観光業は“失われた30年“という深い穴から脱出するためのハシゴになってくれることでしょう。





