CATツールを使う・使わないかで翻訳にどれほどの違いが出るのか?
翻訳と切っても切り離せないアプリケーションの中身、機能、AI翻訳や機械翻訳との違いについて分かりやすく説明します。
CATツールとは?
CATツールは「翻訳支援ツール」のことであり、文字通り、翻訳者の仕事を支えるプログラムです。翻訳者のために過去の翻訳を調べたり、正しい用語を用語集から提示したり、誤字脱字を自動的にチェックしたりするなど、様々な面で翻訳者の仕事をサポートします。
CATツール単体で翻訳が完成することはないため、その点はAI翻訳と呼ばれているものと異なります。
CATツールとAI翻訳の違い
CATツールは必ず外国語が分かり、翻訳のスキルを持つ翻訳者が必要です。一方でAI翻訳は、外国語が全く分からなくても、文章と「翻訳して」をプロンプトに入れるだけで翻訳できます。つまり、AI翻訳は完全なコンピューターによる翻訳であるのに対して、CATツールは人間の翻訳者の一つの道具に過ぎません。AI翻訳が全自動のホームベーカリーだったら、CATツールはパン職人のミキサーやオーブンです。
CATツールと機械翻訳との違い
機械翻訳はAI翻訳に似ていますが、違いはその処理方法にあります。AI翻訳は莫大なデータをもとに人工知能が翻訳を行うのに対し、機械翻訳は持ち合わせの翻訳メモリを基に、機械的な方法でメモリの訳文を原稿に当てはめます。そのため、AI翻訳と機械翻訳の翻訳レベルには雲泥の差があります。CATツールがパン職人の道具でAI翻訳が全自動のホームベーカリーなら、機械翻訳は全自動の洗濯機です。
CATツールは具体的に何をするのか
CATツールは翻訳者の仕事をサポートする道具です。でも、具体的にどのように翻訳者を助けるのか?そのツールが実際に行う処理を見ていきましょう。
原稿を解析して、様々な統計情報を出す
翻訳原稿をセットすると、CATツールがその原稿の文字数、セグメント数(ワンフレーズの数)やそのワンフレーズの重複回数など、様々な項目から解析を行い、正確な統計情報を生成します。その解析結果を基に、翻訳のコストや作業期間が計算されます。
原稿をセグメント毎に分ける
CATツールの“助かる”支援の一つは文章をセグメント(文章のワンフレーズだと思ってください)に分ける機能です。文章を細かくセグメントに分けることで、格段に翻訳しやすくなります。セグメント毎の原文と翻訳文がペアとして翻訳メモリに登録されるため、翻訳の再利用もより高い確率で使えるようになります。
原稿と翻訳メモリ連携する
CATツールのメイン機能の一つは翻訳メモリ機能です。原稿と翻訳メモリを連携することで、それまでやった翻訳を頭で思い出すことなく、簡単に再利用できます。翻訳メモリの利用は納期の短縮や品質の向上に直結するため、原稿と翻訳メモリの連携ができるのはCATツールの最大の強みと言えます。
翻訳メモリの何がすごいのか?翻訳メモリの仕組みやメリットも合わせて読むと納得度が上がります。
原稿と用語集を連携する
“役に立つ”翻訳を作るためには、用語集で定められた用語を正確に使うことも重要です。CATツールは翻訳原稿と用語集を連携することで、用語の適用が必要な個所を自動的に提案したり、チェックしたりできます。
納期と費用に大きな影響を与える用語集の内容と作り方も知っておくとビジネスに差が出ます。
翻訳後のチェックを行う
翻訳が終わったら、大事な工程であるチェックが待っています。Wordの校閲機能のような形で、CATツールが訳文の入力ミス、訳文の不統一、間違った用語の適用など、翻訳特有のチェックを行います。
CATツールを使うことで翻訳者が得るメリット
CATツールを導入することで、翻訳者は大きな負担である「目視によるチェック」と「記憶力」から解放されました。ここでは、翻訳者が埋める主なメリットを見ていきます。
翻訳作業がよりスピーディーになる
翻訳者が目や記憶に頼ってやらなければならない作業を、CATツールが精密な電子チェックとデータベースでサポートします。そのため、翻訳者の負担が減って翻訳が速くなります。
翻訳の品質が飛躍的に上がる
人間はミスする生き物です。見落とすことがあれば、忘れることもあります。しかし、CATツールを使えば話が変わります。
CATツールがなかった時代はチェックの比重が大きく、メインである翻訳が疎かになる傾向がありました。翻訳の時間が短いなかミスがさらに増え、翻訳自体の質を上げることが至難の業でした。CATツールの登場でチェックの時間が短縮したため、翻訳者はそれまでと比較できないぐらい高品質な文章を作る余裕が生まれました。
CATツールを使うことで依頼者が得るメリット
CATツールで依頼者はコストだけではなく、納期と品質面でも大きなメリットが得られます。
翻訳の納期が短くなる
CATツールを使うことは翻訳メモリを使うことです。2回目以降の翻訳は蓄積された翻訳メモリを活用することで、原稿の一部を自動的に翻訳することができます。つまり、翻訳期間を短縮できます。
翻訳の費用が下がる
上記同様、蓄積された翻訳メモリを2回目以降の翻訳に使うことで、自動的に翻訳された部分の料金は通常料金より低く設定されています。つまり、CATツールで翻訳すればするほど、翻訳のコストが下がります。
品質が上がり、翻訳が本来の目的を果たすようになる
翻訳者のメリットであった負担軽減と余裕が、品質という形で依頼者に返ってきます。
売り上げを伸ばす、認知度を広める、理解を促すなど、翻訳しようとしているWebサイトやカタログに原稿には必ず目的があります。その目的を果たすためには役に立つ文章が必要です。翻訳者が高品質な翻訳を提供することで初めて依頼者がその目的を果たすことができます。
CATツールを使うための条件
CATツールはコンピューターのアプリケーションなので、原稿はコンピューターが文章として処理できる状態であることが前提条件です。それより重要なのは、翻訳を実際に行う翻訳者がCATツールに精通していることです。
原稿が電子ファイルであること
CATツールはWordやExcelなど、私たちがビジネスで普段使っているファイルを処理できます。紙、手書きや写真など、コンピューターで文字データとして認識できないファイルは原稿として処理できません。これらの原稿の場合、Word等に文字起こしすることで処理できます。
一般的なCATツールが処理できるファイルはオフィス系のWord、Excel、PowerPoint、カタログやマニュアルに多いInDesign、FrameMaker、Webサイトのhtml、万能なテキストファイルやDITAなどの数種類のxmlです。詳しくは翻訳を依頼しようとしている翻訳者に確認しておくといいです。対応の可否と対応方法を詳しく説明してくれるはずです。
翻訳者がCATツールに精通していること
CATツールのメリットを受けるためには、翻訳者がCATツールをプロのように使いこなすことが必要不可欠です。ボタンを押して翻訳をメモリに登録することしか知らないようでは、誰も得しません。
多くの場合、翻訳会社がCATツールに対応していることを宣伝しますが、内部に詳しい人がいないため、実態は見積もり用の解析処理に留まります。仕事を受注したら、CATツールが使えるフリーランスの翻訳者を探して、依頼を再委託します。
しかし、CATツールはかなり高価なので、実際に導入しているフリーランス翻訳者はごく一部です。導入しているフリーランスの中でも、品質を担保するための機能が使えるのはほんの一握りです。翻訳で失敗する依頼者が多いのは、知らずにこの問題に巻き込まれているためです。
CATツールがデメリットに変わるとき
CATツールといえば翻訳メモリ、翻訳メモリといえば情報漏洩です。そのリスク意識することで、翻訳会社を選ぶ時の基準も見えてきます。
翻訳メモリの不適切な利用による情報漏洩
CATツールのメイン機能の一つは翻訳メモリです。翻訳メモリには原文と訳文がペアで登録されているため、価値の高いデータです。悪意を持つ翻訳会社が、A社の翻訳メモリを同業他社であるB社の翻訳に使い、削った翻訳者のコストを自社の儲けのために使ったらどう思いますか?翻訳会社が翻訳メモリを一つにしたり、意図的に“使いまわしたり”することで、依頼者の情報が知らぬ間に漏洩する可能性があります。
翻訳にデータセキュリティやメモリの厳格な運用が求められるのはそのためです。翻訳メモリの運用方法、社内翻訳であるかどうかなど、翻訳会社を選ぶときの一つの選考基準として設けることをお勧めします。
CATツールが向いている翻訳・向いていない翻訳
CATツールを使えば、原稿という原稿がすべて高品質な翻訳になる訳ではありません。ツールの特性に合っている翻訳と、CATツールを使ってもあまり意味がない翻訳を見ていきましょう。
CATツールが向いている翻訳:Webサイト、マニュアル、定期的なもの、資料など
CATツールの強みは“精密さと効率”です。ボリュームがあり、用語集やスタイルガイドで固められた複雑な原稿ほど、その力が発揮されます。
その代表例として挙げられるのはWebサイト(コーポレートサイト、サービスページ、ECサイトを問わず)、取り扱い説明書(家電製品、機械やソフトウェアなど)、定期的に発生する翻訳(会社案内やアニュアルレポート)、決算資料などがあります。いずれも量があり、用語集やスタイルガイドに従った翻訳が要求されるものです。
CATツールが向いていない翻訳:キャッチコピー、短い翻訳など
他方で、量が少ない単発的な翻訳にCATツールを無理やり使おうとすると、そのセッティングの方が翻訳より時間が掛かったりする可能性があります。原稿の特徴を理解しながら判断することが大事です。
CATツールの恩恵を最大限受けるために
CATツールの恩恵を最大限受けるためには、ちょっとしたコツがあります。
原稿を正しく作ること
CATツールは原稿の各セグメントを翻訳メモリにある翻訳データと突き合わせながら、メモリの翻訳を当てるかどうか判断します。そこで、全く同じ文章なのに一文字でも異なる部分があると、CATツールは100%一致しないと判断して、そのセグメントにメモリの翻訳を使いません。
CATツールの恩恵を最大限受けるためには、継続性のある翻訳や差分翻訳などを行う際に、すでに翻訳している文章を極力変更しないでください。原稿はなるべく完成に近い形まで仕上げてから翻訳を開始することをお勧めします。
スタイルガイドを設定すること
CATツールのもう一つのメリットは、翻訳メモリを買い取って、社内や別の翻訳会社でも使用できることです。しかし、翻訳者が変われば訳文も変わります。別のところで作成された翻訳メモリを急に渡されても、新しい翻訳者はどのようなスタイルで翻訳すればいいか分かりません。それを防ぐためには、スタイルガイドを最初から設定して、翻訳者を変えても同じスタイルガイドを使い続けることが必要です。
現場でCATツールがどのように使われているのか(Intenciaの場合)
私たちは業界で最も使用・信頼されているTradosというCATツールを使用しています。高機能でデータセキュリティの面でもしっかりしているため、私たちと私たちの顧客のニーズに合致しているアプリケーションです。
初めての翻訳の場合はお見積もり用の原稿解析を行い、新しい翻訳メモリで翻訳します。2回目の翻訳では、初回翻訳の時に作った翻訳メモリをお見積もりに使って、一致率に応じた納期とコストを計算します。
翻訳の効率と精度をさらに高めるため、Apsic社のXbenchという高機能なCATツールをTradosに連携しています。基本的な翻訳チェックだけではなく、用語集や複雑なスタイルガイドの内容まで正確に検証します。用語集は同じTradosのMultiTermを使用しています。
このように、顧客が求める高品質な翻訳を作るためには、複数のCATツールを組み合わせる必要があります。その導入費用と知識の取得に大きな投資が必要ですが、その投資が生み出す翻訳のレベルを知ってしまうと、ワードプロセッサー一本の原始的な翻訳には戻れないでしょう。
まとめ
CATツールは勝手に翻訳をする機械ではなく、翻訳者の“思い出す”や“チェックする”負担を減らすアプリケーションです。不要な作業から解放された翻訳者は、より良い翻訳を作ることができます。
そのメリットを受けるのは依頼者です。それまでの並べられた字面ではなく、創意工夫された文章の方が売り上げや認知度の向上につながります。CATツールを使うことで依頼者にメリットが生まれるのはそのためです。
そのメリットを受けるためには、知識のある翻訳者がCATツールを使う必要があります。依頼する前にその点をしっかり確認し、翻訳の回数を重ねることで、ビジネスの競争力が確実に上がるでしょう。







