近年、翻訳業務の効率化と品質向上を目的として、多くの企業や翻訳者がCATツール(翻訳支援ツール)を導入しています。
しかし、「どのような仕組みで翻訳を支援するのか」、「導入によってどのような成果が期待できるのか」について、具体的な情報が少ない。そのため、導入に踏み切れない、もしくは購入したのに使い切れていない企業担当者も多いです。
この記事では、CATツールの基本的な機能や仕組みを解説するとともに、翻訳者側の業務効率化や品質の一貫性の確保、翻訳を依頼する企業側のコスト削減・納期短縮・品質管理といった、それぞれの当事者の視点で導入のメリットを整理しました。
翻訳業務のDX化を検討されている企業や、より高品質な翻訳を効率的に確保したいご担当者様にとって、有益な情報をまとめました。
CATツールとは?
CATツールは翻訳をやりやすくするアプリケーションです(Computer Aided Translationの略称)。
まだ分かりにくいので、建物の図面を書く建築士を想像してみましょう。むかしはペンと定規でせっせと線を引いていましたが、いまはパソコンで書いていますね。ミリ単位の正確さで線を瞬時に引いては、消し跡を残すことなく簡単に修正できます。建築士が使うのは“CAD”というツールです。
翻訳者もむかしは紙とペンで翻訳していましたが、今はパソコンで翻訳しています。CATツールは原稿を処理して、翻訳・チェックしやすい形にしてくれる優れものです。「Wordを開いて翻訳すれば同じじゃ?」と思ったそこのあなた。ペイントで建物の図面を書いている建築士を連れてきなさい。トンネルをスプーンで掘っている業者でも構わない。その人の輝かしい実績を見てから、Wordで翻訳すべきか考えよう。
このように、CATツールは面倒な翻訳作業を便利で簡単にしてくれるアプリケーションです。
CATツールを使うメリット
CATツールの使い方によってメリットが変わりますが、主に3つの目的で使われることが多いです:
- 納期の短縮
- 品質の向上
- 費用の削減
CATツールで納期を短縮する
CATツールを使うと原稿が翻訳しやすい形に変わります。例えば、Excelのような2つの列で左は原文、右には訳文を分けてくれます。どうでもいいことに見えますが、これだけで原文と訳文が見やすくなり、翻訳者の負担が格段に減ります。
CATツールを語る上で欠かせないのはTM(Translation Memory、翻訳メモリ)です。過去の似ている翻訳をリアルタイムで出してくれるため、翻訳者がゼロから考える必要はありません。つまり、より早く訳文を作り上げることができます。
CATツールは翻訳者の負担を減らすため、翻訳作業が半分以下の期間に短縮することがあります。
CATツールで翻訳の品質を上げる
翻訳作業が半分以下の期間で終われば、翻訳者がチェックに十分な時間を掛けることができます。翻訳の品質を大きく左右するチェックに時間を確保できることが、CATツールを使う最大のメリットです。
さらに、CATツールに組み込まれているチェック機能(訳文統一、数値チェック、用語集の適用など)も翻訳の品質を大きく向上させるもう一つの理由です。CATツールを使わなければ、翻訳者がそれらの項目を目と記憶だけでやらなければなりません。人間の目と記憶力に頼ったチェックの精度とスピードなど、コンピューター翻訳作業が半分以下の期間で終われば、翻訳者がチェックに十分な時間を掛けることができます。翻訳の品質を大きく左右するチェックに時間を確保できることが、CATツールを使う最大のメリットです。
さらに、CATツールに組み込まれているチェック機能(訳文統一、数値チェック、用語集の適用など)も翻訳の品質を大きく向上させるもう一つの理由です。CATツールを使わなければ、翻訳者がそれらの項目を目と記憶だけでやらなければなりません。
CATツールでチェックの時間を確保できるうえ、コンピューターチェックの精度と速さも使えます。
CATツールで翻訳のコストが下げられる
CATツールには翻訳メモリをセットして使うため、翻訳が蓄積されます。次回も同じような翻訳が発生した場合(例えば、同じ製品の新しいモデルのマニュアル)、全く同じところはそのまま使えるため、費用がその分安くなります。
使いまわせる部分が翻訳者の確認や修正など、一切介入する必要がなければ、そのまま0円になります。翻訳メモリが蓄積すればするほど、使いまわせる部分が増えるため、0円になる部分も増えます。これがCATツールを使った翻訳コスト削減の仕組みです。
つまり、CATツールの翻訳メモリで作業量を減らせば、翻訳のコストを下がります。
CATツールは具体的に何をする?
CATツールは翻訳しやすい形に原稿を作ってくれるだけではなく、高度な機能で翻訳とチェック作業の効率も高めてくれます。ここではそれぞれの機能を具体的に説明しながら、その機能があるだけでどれぐらい助かるのかも解説します。
- 原稿を翻訳しやすい形に変換する
- 翻訳ペアをメモリに登録する
- 用語集を参照しながら用語をチェックする
- 翻訳がスタイルガイド通りになっているかどうかチェックする
- スペルミスをチェックする
- 訳文の統一をチェックする
- 金額などの数値をチェックする
原稿をCATツール独自の翻訳しやすい形にしてくれる
翻訳の原稿は簡単なWord文書やPowerPointプレゼンテーションから、Webサイト用のhtml、雑誌やパンフレットのInDesign、大規模なマニュアル用のFrameMakerなどがあります。Webサイトの翻訳はhtmlの知識がなければ太刀打ちできないし、Adobe系のファイルなら、アプリがなければスタートラインにも立てません。知識とアプリを持っていたとしても、上書きしながら翻訳するのは簡単な作業ではない。
CATツールはそれらのすべてのファイルを分かりやすい対訳表形式に変換してくれます。対訳表形式はリストのような直感的なものです。Excelを想像してみてください。A列には英語、B列にはその日本語があるような形です。文章もセンテンス(“。”までの一文)に区切られているため、“文字の山”に見えた原稿がキレイに整理整頓された形に分けられます。
このように、CATツールが翻訳者の負担を減らし、作業効率を向上させます。
CATツールの翻訳メモリに分節のペアを登録してくれる
CATツールの話をするときに決まって出てくるのは翻訳メモリです。
学生の頃、英語の単語カードを作った経験ありませんか?表に英単語を、裏にその日本語を書いて、自分だけのデータベースを“構築”しましたね。翻訳メモリは全く同じものです。違うのは、単語単位ではなく、文章単位のデータベースです。
先ほど、CATツールは原稿を対訳表のように作り替えてくれると説明しましたね。分かりやすさや作業効率などのメリットがありますが、最大の意義は原文と訳文をペアとして翻訳メモリに登録する点にあります。原文と訳文のペアが翻訳メモリに登録されると、次に似た原文が出てきたとき、登録されているペアを瞬時に出してくれます。過去の翻訳を参照することで、翻訳を“考える”負担が減ったり、過去の翻訳と統一しやすかったりするメリットがあります。
このように、訳文の登録と参照を行う翻訳メモリがCATツールの最大の強みです。
CATツールに用語集を連動して、用語をチェックしてくれる
“Car”を「自動車」、「車」、「クルマ」のいずれに翻訳しても正しいですが、クライアントにはこだわりやマーケティング上の狙いがあります。そのため、指定された用語を翻訳に使うことが重要です。用語が1つや2つなら頭に入れるのは簡単ですが、3000項目以上の用語を記憶する自信ありますか?
CATツールに用語集を連動することで、翻訳時に使うべき用語を瞬時に提示してくれます。記憶する必要がないから楽ですね。しかも、翻訳が終わった後のチェック時にも、用語が正しく使われているかどうかも一瞬で、正確にチェックしてくれます。
CATツールの用語集チェック機能がビジネス翻訳に欠かせない機能の一つです。
正規表現対応CATツールなら、スタイルガイドもチェックしてくれる
用語集は面倒くさいと思った?ではぜひスタイルガイドを紹介させてください。
用語集は使うべき単語だけを指定するものです。一方でスタイルガイドは翻訳の細かな書き方のルールを指定してくるものです。その大変さは用語集の100倍以上です。すべてのルールを記憶して、正確に従うことが難しく、多くの翻訳者・翻訳会社が失敗するのもこの部分です。
CATツールが正規表現に対応していて、なおかつ、スタイルガイド通りのチェックシステムを構築できれば、CATツールにチェックさせることができます。Frontierでは、翻訳者がクライアントに合ったチェックシステムを作りますので、オーダーメイドの高性能なスタイルガイドチェックができます。
CATツールなら、品質の要であるスタイルガイドも自動的にチェックできます。
スペルミスをチェックしてくれる
これに関してはあまり多くを語る必要はないと思います。文字通り、CATツールが訳文のスペルミスを自動的にチェックしてくれます。ここでも正規表現を組み合わせることができれば、翻訳者独自のタイピングの癖を事前に登録することで、本人が気づかないミスのチェックも同時にできます。
Wordのように、CATツールが誤字脱字も自動的にチェックしてくれます。
訳文の統一のチェックしてくれる
“訳文の統一”は簡単に言えば、「原文が同じなら、訳文も同じにすべき」という考え方です。すべての言語、全ての翻訳に当てはまるものではありませんが、マニュアル(取扱説明書)では重要な考え方です。なぜなら、いちいち異なる言葉や表現を使うことで、ただでさえ焦っているユーザーが意味を理解できなかった場合、さらに焦るからです。
統一チェックはCATツールを使っているからこそできるチェックの一つです。長いマニュアルの中に、原文に全く同じセンテンスがいくつも存在します。翻訳が終わったあと、CATツールが全く同じ原文のセンテンスを集めて、訳文も全く同じものになっているかどうかをチェックします。異なっている訳文を提示してくれますので、必要に応じて簡単に修正できます。
CATツールが翻訳文の一貫性もチェックします。
数値が正しいかどうかもチェックしてくれる
数値のチェックもCATツールの貴重な機能の一つです。翻訳時にいくら集中して注意を払っても、数値を見間違えたり、間違って入力したり、目でチェックするときも見落としたりするものです。だって、人間だもん。
だからこそ、数値のチェックは人間ではなく、コンピューターに任せるべきです。そのチェックを完璧にこなしてくれるのは他でもない、CATツールです。
CATツールが金額、距離や重さなどの数値もチェックします。
どのようなCATツールがあるのか?
CATツールには様々な種類があり、翻訳に特化しているものや、QA(Quality Assurance、品質管理)専門のツールがあります。ここではFrontierがメインで使っている、次の2種類のツールについて説明します:
- 翻訳用CATツール
- チェック・データ参照用CATツール
翻訳用CATツール
翻訳ツールについて少し調べると、すぐにTradosというキーワードを目にします。Tradosはかなり昔から存在し、一番多く使われているCATツールです。動作が安定していて、機能も多く、ビジネス翻訳で一般的に使われているすべてのファイル形式に対応しています。
Tradosの特筆すべき点はオンプレミス型であることです。オンプレミスは、アプリケーションを自分のパソコンにインストールして、自分のパソコンだけで作業を完結できるという意味です。つまり、原稿や翻訳のデータや機密情報などが第三者のサーバー(クラウド)に漏れることはありません。
原稿には情報があり、情報に価値があります。Frontierはデータセキュリティを重要な品質として考えているため、この点にも強いこだわりを持っています。
このように、CATツールを選択する上で機能・性能よりも、原稿の情報を守れるかどうかが重要な判断基準です。
チェック用・データ参照用CATツール
メインツールであるTradosをサポートする形で、翻訳の効率と品質をさらに高めるため、FrontierはXbenchというCATツールも使用しています。Xbenchは品質管理に特化したツールであり、強力なチェック機能で翻訳者が気付けなかった細かい部分までを正確に、しかも瞬時にあぶり出してくれます。
Xbenchは統一や数値などの基本的なチェックもできますが、目玉は正規表現で自由にカスタマイズできる繊細なチェック機能です。その機能を使うことで、先ほど説明した面倒なスタイルガイドもコンピューターの速さと正確さでチェックできます。
さらに、軽快な動作で用語集や過去の翻訳も簡単に検索できます。質の高い翻訳を作り上げるためには、データ参照は欠かすことのできない努力です。参照元となる過去データの適切な更新と正確な管理がこの手のCATツールを使う前提条件になります。
CATツールを実務レベルで使うためには、正規表現の知識と高度なファイル管理能力が求められます。
反対に、CATツールを使わなければどんな問題が起きるのか?
今までCATツールを使った場合のメリットを例示してきましたが、使わない場合のデメリットから説明した方が、使う理由が分かりやすくなります。翻訳を紙とペンまたはWordだけで行った場合を想像しながら見ていきましょう。
あらゆるミスを目で漏らさずチェックする必要がある
翻訳が終わりました。これからチェックです。翻訳のチェックは人が目で文字を追いかけながら行います。ここで思い出してください。人間はミスする生き物です。同じ色が違う色に見えたり、ないものがあるように見えたりします。人間の脳が起こす錯覚です。
翻訳文をチェックするときも同じ問題が起きます。文章の内容が頭に入っていると、小さなミスを見落としたり、見逃したりします。チェッカーやレビュアーなどにダブルチェックをさせても、所詮おなじ人間です。同じ理由と仕組みでミスを漏らす可能性があります。
一番酷いのはチェッカーやレビュアーで品質を上げようとする翻訳会社です。余分なチェックを行うため、翻訳者の持ち時間を見境なく減らすのです。焦って翻訳する翻訳者はさらにミスを量産してしまいます。チェッカーたちはそのミスを目だけで捉えきれず、そのまま納品されてしまいます。
人間に得意なものがいくつもありますが、迅速かつ精密なチェックはその一つではないことは確かです。
結局は記憶力の壁に阻まれる
たまたま超人的な目と集中力の持ち主がいたとしよう。その人は偶然にも、スーパーな記憶も持っているだろうか?
IT関連マニュアル翻訳の場合、数百件のルールに従いながら数千件の用語を正確に使う必要があります。翻訳者・レビュアーがそのすべてを記憶してから、限られた時間の中で漏らさずチェックすることなど不可能です。
人間の記憶力に限界があるため、用語集とスタイルガイドの内容を頭に入れてチェックするのは現実的ではありません。
翻訳の品質が下がる
CATツールを使わず、Wordなどで翻訳を行うため、訳文の統一や数値などのチェックができなくなります。また翻訳メモリも使っていないため、過去の翻訳に合わせることもできず、翻訳が継ぎはぎのような文章になってしまいます。読みづらく、分かりにくいため、役に立つ翻訳とは言い難いものが出来上がります。
このように、目と記憶だけで過去の類似訳文に翻訳を合わせることはできません。
チェック期間が増える
翻訳を見るたびに何らかのミスが見つかるという最悪の事態が起きます。そのミスができるだけクライアントの目に入らないよう、チェックにより多くの時間を割く必要が出てきます。結果的に、翻訳の納期が伸びてしまいます。
ほとんどの場合は納品間際に問題が発覚するため、納期の遅延が発生してしまいます。
クライアント自身がチェックすることになる
そして一番大変なのは翻訳が納品されたあとです。結局はすべてのミスが検出されないまま、翻訳が納品されます。クライアント自身が壮絶な間違い探しをしなければならず、予想していなかった余分な時間とコストが掛かってしまいます。
しかし、限られた時間ですべて人的リソースを使ったとしても、クライアントも必要なツールと知識がないため、ミスを完全になくすことはできません。
CATツールと機械翻訳の違い
CATツールと機械翻訳は似ていますが、決定的な違いは「勝手に翻訳するかどうか」です。
簡単に言えば、CATツールは翻訳者の力を増幅させるアプリケーションです。翻訳者がいなければCATツールが勝手に翻訳することはなく、扱っている翻訳者が未熟ならそれほどの助けになりません。
他方で、機械翻訳は原稿と翻訳メモリをセットしてしまえば、問答無用で勝手に翻訳してしまいます。その翻訳が正しかろうが、間違ってようが、関係ありません。MTPE(機械翻訳・ポストエディット)で翻訳者たちが苦労するのはそのためです。間違っている翻訳は簡単な修正のレベルではなく、ゼロから翻訳した方が圧倒的に速いという世界です。
機械翻訳もCATツールも翻訳メモリを使う点では同じですが、CATツールの場合、翻訳者が一行一行を確認しながら、翻訳メモリの候補を使うかどうかを判断できます。判断するときにどこが違うのか分かりますので、その場で的確な修正ができます。他方で、機械翻訳は設定された許容値(カッコよく言えば、“アルゴリズム”)に従って翻訳メモリを使って、必要な修正など行いません。
簡単に言えば、プロセスが人間中心か機械中心という違いによって、結果が大きく変わってきます。



