MTPEの単価設定はいくらにすべきか?
ほとんどの翻訳会社がMTPEを押し付けてくる時代に、翻訳者を最も悩ませる疑問です。
MTPEの実態や単価の決め方、翻訳者が知っておくべきことを翻訳者の視点から解説した記事です。
MTPEとは何か
MTPEは一度機械翻訳された文章を人間の翻訳者が添削するビジネススキームです。作業の一番大変な部分は機械がスピーディーに処理し、翻訳者の負担が最小限なので、通常より納品が早く、料金も安いというメリットを打ち出す手法です。
MTPEは2016年ごろから普及した手法で、今年で10年を迎えます。今の矛盾した考え方を理解するためには、MTPEが10年前に語っていた理想を知ることが大事です。
MTPEの単価が低く設定されている理由
MTPEでは“機械がメイン”とされているので、クライアントへの売値が通常の翻訳より20~30%低く設定されています。翻訳者に支払う単価も削られていますが、同じ20~30%程度ではありません。翻訳者に支払われる単価は実質70%以上低くなっているケースが多いです。つまり、翻訳者の今までの単価が10円だったら、MTPEでは単価が3円以下になります。
では、単価がそこまで下げられる理由はどこにあるのか?翻訳会社の言い分はこれです。
機械翻訳が一番大変な作業を行う
翻訳という仕事には翻訳、チェックやDTPなどの様々な作業が含まれていますが、一番負担が大きいのは間違いなく“翻訳”です。
プロの翻訳者は通常、チェックも自分で行います。翻訳会社の都合で「チェック」という別工程が組み込まれていても、そのチェッカーに“手間を掛けさせない”のはプロの流儀だからです。
この場合、チェッカーは軽いダブルチェック程度で済みます。翻訳者の単価に対してチェッカーの単価が低くされているのは、翻訳者と比べて作業負担がほとんどないためです。
翻訳会社はこの考え方をMTPEに当てはめました。一番大変な作業である“翻訳”を機械がほとんどやっているため、翻訳者は軽い修正だけでいいという構図を作りました。
作業時間が短い
機械が一番大変で重い仕事をしているので、翻訳者は「ちょい、ちょいっ」と簡単な添削だけで済みます。それなら最初から翻訳するより作業負担がはるかに軽いため、翻訳に掛かる時間が短いです。
MTPEは本当に作業量が少ないのか?
MTPEを売り込む人たちの言い分は正しいのか?ここからは、私たち翻訳者が実際に見ている現実を整理します。
機械翻訳の品質
機械翻訳の品質はAIのようなレベルではなく、私たちが昔から知っているGoogle翻訳程度です。字も読めない国を旅行しているときは大助かりですが、ビジネスで使うには無理があります。
機械翻訳の品質は機械にセットされている翻訳メモリの量と質で決まりますが、MTPEの依頼を見る限り、翻訳会社は量・質とも十分な翻訳メモリを調達できていない模様です。YesがNoになったり、翻訳が半分以上消えていたり、挙句の果てに全く関係ない訳文が入ったりします。
翻訳メモリの量と質がMTPEの精度に直結していることは重要な点です。後に説明する問題を理解する上で大事なので、頭の片隅に置いておいてください。
ゼロから翻訳した方が圧倒的に早い場合が多い
MTPEの“売り”は翻訳者の負担軽減ですが、箱を開けてみると、翻訳者の負担が逆に増えていることがほとんどです。必要な修正は誤字脱字レベルではありません。原文を何十回読んで、機械がその翻訳を当てた理由を推測する必要があります。さらに、機械が出した翻訳を使いながら修正する必要がありますので自由が利きません。また、修正を行うと前後の文脈を変える必要もあるので、タダで仕事をするということになります(対象外部分は料金が発生しないため)。
結局、辻褄を合わせるための修正を重ねるよりも、ゼロから翻訳した方がずっと早いです。
Weighted wordsの罠
MTPEを語るうえで欠かせないのはWeighted words(加重カウント)という特殊な文字カウント方法です。一言で言えば、文字数のどんぶり勘定です。しかし、この計算では翻訳者が損しても翻訳会社が損することはありません。
MTPEの場合、翻訳メモリが当たったところ、当たらなかったところを細かく計算して文字数を割り出すのはすごく面倒くさいです。そこで、メモリの一致率と原稿の文字数にちょっとした掛け算をして、支払対象の文字数を算出するのがWeighted wordsという考え方です。メモリが当たれば当たるほど文字数が少なくなりますが、それは見かけ上の数字です。実際に箱を開けてみるとその数倍以上のボリュームがあります。
例えば、2,000字のMTPE案件だと思ったら、実質1万字ぐらいを添削させられるようなものです。当然、請求できるのは2,000字分だけです。少ないと見せかけてタダ働きをさせるのはMTPEの特徴です。
MTPEの妥当な単価はいくら?単価を決める二つの方法
翻訳者がMTPE案件に応じる場合、単価を決める必要があります。単価を決めるときのポイントは“単価と労力のバランス”です。
品質重視でMTPEの単価を決める場合
クライアントが期待する翻訳を出すべきだと思う場合、まずはMTPE独特の作業内容を思い出してください。私たちが慣れている“通常翻訳”と比べると工程数が明らかに多く、倍以上の時間が掛かります。そのため、あなたが品質に妥協しない翻訳者であれば、通常翻訳の単価以上にすべきです。
MTPEの単価から品質レベルを決める場合
翻訳会社とMTPEの単価を交渉するのは時間の無駄です。その事実を知っている人なら、提示された単価に合わせて翻訳することが一つの道です。
翻訳会社が提示した単価があなたの単価の30%なら、品質も30%に落とせばいい。ビジネスの世界では、“What you pay is what you get”(受け取る品質は支払った金額)です。
いずれの場合も、Weighted wordsで料金の計算に使われる文字数と実際の文字数が異なることも忘れずに加味してください。
翻訳者はMTPE案件を引き受けるべきか?
MTPE案件は割に合わないため、プロの翻訳者はまずやりません。MTPEをやっているのはほとんど駆け出しの翻訳者やどうしてもお金が必要な人だけです。オファーがあったときに引き受けるべきかどうかは二つのことを十分理解してから決めてください。
翻訳会社だけが得する
MTPEのビジネススキームは明らかです。翻訳者の単価を70%下げながら自分たちの売値も70%下げたら、こんなことをする意味がありません。翻訳会社の売値は通常の人間の翻訳と同じか、多くて20%の割引を適用した料金です。
人間の翻訳と同じ料金で売ろうが、少々の割引を付けようが、得するのは翻訳会社です。タダ働きした翻訳者、形だけの翻訳を掴まされ、同意なく原稿のデータを食い物にされたクライアントは損するだけです。
MTPEでクライアントが直面する問題については発注者側から見たMTPE料金とWeighted wordsのからくりをご覧ください。
翻訳者は自分の首を絞めるだけ
MTPEは機械が出したダメな翻訳を翻訳者が色々修正して、ある程度“使える”翻訳に仕上げるシステムです。あなたが修正した翻訳は確実に翻訳メモリにフィードバックされます。最低限の修正であっても、塵積もれば山となります。長い時間を掛けて翻訳メモリが改良され、機械翻訳の精度が上がります。結局、翻訳者たちは知らずにMTPEに協力し、ゆくゆくは自分たちの首を絞めるだけです。
MTPE問題の2026年最新動向
AI翻訳の台頭でMTPEは下火になりましたが、火はまだ消えていません。2026年現在、MTPEに関して2つの動きが話題になっています。
協力しない翻訳者を排除するAPE
MTPEが成功するためには翻訳者の協力は必要不可欠です。依頼者の翻訳を納品するためには翻訳者が必要だし、機械の精度を高める翻訳者が作る翻訳データが必要です。しかし、先ほど説明したように翻訳者もバカではありません。協力してくれる翻訳者が足りず、翻訳会社が悔しい思いをしています。
“非協力的な”翻訳者に頼らなくて済むように、MTPE-APEという新しいビジネススキームが誕生しました。APEはAutomatic Post Editingの略です。MTPE-APEの場合、機械翻訳された文章のポストエディットを行うのは人間ではなく、AIです。
AIにポストエディットさせるなら、最初からAIで翻訳した方がマシな翻訳が出ます。
MTPEの禁止に動くクライアント
「MTPEは人間の翻訳より安いのに高精度」という売り込みでMTPEに飛びついたクライアントが多いでしょう。流行から数年が経ち、MTPEを一通り評価できたという時期です。
医療分野をはじめ、海外の複数企業がMTPE翻訳・AI翻訳の利用禁止に動いています。品質と情報セキュリティに対する懸念を背景に、人間の翻訳を再評価する動きが出ています。
MTPEに対する私たちの意見
MTPEはクライアントの要望から生まれたニーズではありません。翻訳業界という“レッドオーシャン”の中で、仕事の獲得と利益率向上のために翻訳会社が編み出したビジネススキームです。
クライアントから見て、MTPE翻訳の料金は通常の翻訳より20%ぐらい安く設定されています。翻訳者の単価も20%ぐらい下がっているだけならまだ分かります。しかし、翻訳者の報酬は実質70%以上削られています。時給に換算すると、コンビニやファーストフードの方が稼げるでしょう。
「時代はMTPEだ」と言われますが、言っているのはその利益を享受している人たちです。実際には顧客を大事にして品質を重視するクライアントがまだ多く、翻訳者を正当に評価する翻訳会社も残っています。
腕に覚えがある翻訳者はプロパガンダに溺れることなく、本物を求める翻訳会社とクライアントを探してください。













